仙台地方裁判所 昭和61年(行ウ)10号 判決 1988年6月29日
原告 横山恒太郎
被告 仙台北税務署長
代理人 猪狩俊郎 高橋静栄 ほか三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対して昭和六〇年七月五日付でなした被相続人白松恒二の昭和五八年三月二三日死亡に伴う相続税の無申告加算税金一四五万五〇〇〇円の賦課決定を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 訴外白松恒二(以下「被相続人」という。)は昭和五八年三月二三日死亡したが、同人と訴外横山ミトリの間の非嫡出子である原告は、昭和五八年九月一七日仙台地方裁判所に認知請求訴訟を提起し(仙台地方裁判所昭和五八年(タ)第七八号)、昭和五九年三月二一日原告を被相続人の子として認知する旨原告勝訴の判決がなされ、右判決は同年四月六日確定し、原告は被相続人の遺産を相続した。
2 本件相続税に関する申告、賦課決定及び更正並びに加算税の変更決定の経緯は別表のとおりである。
3 原告は、昭和六〇年九月二日別表番号<3>及び<4>の賦課決定(以下別表番号<3>の処分を「本件処分」という。)に対し、被告にそれぞれ異議を申立て、これにつき同年一〇月二二日付をもつていずれも棄却決定がなされたので、更に同年一一月二五日国税不服審判所長に対し審査請求をしたが(別表番号<4>の処分については同番号<8>のとおり昭和六〇年一一月八日無申告加算税を零円とする旨変更されたので、審査請求は昭和六一年四月二一日取下げるに至つた。)、昭和六一年六月三〇日付をもつて請求棄却の裁決があり、右裁決書は同年八月四日送達された。
4 しかしながら、被告の本件処分(別表番号<7>のとおり、昭和六〇年一一月八日付で同番号<6>の更正処分に伴い、無申告加算税の額は一四五万五〇〇〇円に変更された。)は違法であるから、その取消を求める。
二 請求の原因に対する認否
請求原因1乃至8は認める。同4は争う。
三 被告の主張
1 原告は請求原因1のとおり相続によつて被相続人の財産を取得したが、被相続人から相続又は遺贈によつて財産を取得したすべての者の相続税の課税価格の合計額は、その遺産に係る基礎控除額を超えており、相続税法上原告に係る相続税の課税価格に係る相続税額がある(相続税法二七条一項)。
2 したがつて、原告は相続税法二七条一項により、「相続の開始があつたことを知つた日」の翌日から六月以内に相続税の課税価格、相続税等を記載した相続税の申告書を納税地の所轄税務署長である被告に提出しなければならなかつたのであるが、原告のように認知の裁判により相続人としての地位を取得した場合には、当該裁判の確定によつて初めてその地位が生ずるものであるから、右裁判の確定した日でありその事実を知つた昭和五九年四月六日が「相続の開始があつたことを知つた日」となる。しかるに、原告が相続税の申告をしたのは別表番号<1>のとおり昭和六〇年三月一五日であつて、「相続の開始があつたことを知つた日」の翌日から六月以内の申告期限内に申告をしなかつたものであるから、無申告加算税を賦課したのである(国税通則法六六条一項本文)。
したがつて、本件処分は適法であり、取消されるべき何らの瑕疵も存しない。
四 被告の主張に対する原告の認否
被告の主張のうち1は認め、2は争う。
五 原告の反論
被告の本件処分には、以下に述べる違法がある。
1 被相続人には嫡出子訴外早坂一及び同白松一郎の二子(以下単に「早坂ら」という。)があつたが、同人らは原告が認知の裁判により相続した後も、原告に対し被相続人の遺産の内容を知らせようとせず、かつ遺産を分割しようとしなかつた。また、原告は生前被相続人から遺産の内容を知らされる立場になかつた。そこで、原告は弁護士を依頼して早坂らに対し、遺産の有無と内容につき再三明らかにするように申入れたにもかかわらず、同人らが一向にこれを明らかにしなかつたところ、ようやく昭和五九年九月中旬過ぎになつて遺産分割協議書と相続申告書の写しが開示されたため、同月一七日仙台家庭裁判所に対し遺産分割の調停を申立てることが可能となつた。かように、本件においては、昭和五九年九月中旬過ぎになるまで、原告は相続すべき遺産の存否並びにその範囲及び数額すら知ることができなかつたのであつて、取得した財産の価額を基準としたり、相続分などの分割に従つてその財産を取得したものとして相続人の課税価格を計算し、それに基づいて申告書を提出することは明らかに不可能であつた。
しかして、本来相続税の申告期間につき「相続の開始があつたことを知つた日」の翌日から六月以内に申告しなければならないとする趣旨は、相続法二七条一項の課税要件を満たし、自ら申告義務のあることを知り得た者についてのみ、相続の開始を客観的に発生したことを知つた日の翌日から六月以内に申告すべきものとしていると解すべきであり、本件のように他の相続人により原告が遺産の内容を知ることを妨害されたため、同項の課税要件を満たすことさえも知り得なかつた場合にまで、認知の裁判の確定を知つた日の翌日から六月以内に申告がないとして加算税を賦課することは、公正妥当性を著しく欠くものである。
したがつて、本件では、早坂らから原告らに対し遺産分割協議書と相続申告書の写しが開示されて、相続税法二七条一項の課税要件の存在を知つた昭和五九年九月中旬過ぎ頃が「相続の開始があつたことを知つた日」となり、申告期限内に申告書が提出されていることになる。したがつて、本件処分は違法である。
2 仮に1の主張が認められないとしても、
(一) 早坂らは昭和五九年七月一七日付をもつて原告(相続分三〇〇〇万円)を含めて相続人三名分の修正申告をしたが、右は認知訴訟の確定した昭和五九年四月六日の翌日から起算して六月以内になされた。被告は、原告がこれを取消しあるいはこれに反する意思表示をしなかつた以上、当然に右修正申告をもつて原告に有利に原告の申告とみなすべきである。したがつて、原告に対し無申告として加算税を賦課した本件処分は違法である。
(二) 更に、国税通則法六六条一項但書によると、期限内申告書の提出がなかつたことにつき、「正当な理由」があると認められるときは、無申告加算税を賦課しない旨が規定されているところ、前記1で述べたとおり、早坂らのため、原告が遺産の内容について知ることができず、そのため、法定の申告期限内に申告書を提出できなかつたことは、右の「正当な理由」に該当すると解すべきであり、この解釈を誤つた本件処分は違法である。
(三) 被告は、前記(一)の修正申告を、その申告書に原告の署名がなく、早坂らからの修正申告にすぎないとして原告に不利益に解したが、このような場合、原告に対し右申告書に連署を求め、あるいは改めて直ちに申告書の提出を求めるなど適切に指導すべきであつたし、更に、被告は原告が相続税を申告すべき者に該当することを知つていたのであるから、早坂らが昭和五八年九月七日に提出した申告書等を開示するなどして原告に申告をするように指導すべきであつた。ところが、被告は故意又は重大な過失により、いずれもこれを怠り、自らこれらの不作為を利用して原告に対し無申告であるとして加算税を賦課したものであつて、本件処分は処分庁に信義則上重大な瑕疵があり、違法である。
六 原告の反論に対する認否
原告の反論のうち、2(一)の早坂らにより昭和五九年七月一七日付で原告を含めて相続人三名分の修正申告がなされたとの主張は否認する。同人らは同日付で同人らの申告につき更正の請求をしたに過ぎない。その余はすべて争う。
七 被告の再反論
1 本件においては、原告は昭和五九年四月六日に認知判決が確定した後の同年六月一六日には早坂らと遺産分割の協議を開始し、更に同年九月一七日には遺産分割の調停の申立をしており、遅くとも同日までに原告において遺産総額を把握していたと認められ、申告期限内に申告することが可能であつたから、期限内に申告することができなかつたことにつき「正当な理由」があるとは認められない。
2 被告にとつて早坂らの申告内容について国家公務員法一〇〇条一項及び相続税法七二条の規定により課せられた守秘義務があるから、これを秘匿することは被告の職責上当然のことであつて、これを開示しなかつたことにつき何らの違法はない。また、現行法上納税者が自ら納税の有無を判断して課税標準及び税額を計算し、もつて具体的な納税額を確定させる申告納税方式が採用されている以上、被告が原告に対し申告の指導をしなかつたとしても何の違法もない。
八 被告の再反論に対する認否
いずれも争う。
第三証拠 <略>
理由
一 請求原因1乃至3の事実は当事者間に争いがない。
二 被告の本件処分の適法性について
1 原告に相続税法二七条一項に規定する相続税額があつたことは、当事者間に争いがない。
2 申告期限の起算日について
原告は、相続税法二七条一項の申告期限の起算日は、同項の課税要件を充足することを知り得た者が「相続の開始があつたことを知つた日」を意味し、本件において原告が「相続の開始があつたことを知つた日」は昭和五九年九月一七日であつて、原告による昭和六〇年三月一五日の相続税の申告は法定申告期限内のものである旨主張する。そこで、果たして原告が昭和五九年九月一七日に至るまで真に「相続の開始があつたこと」を知ることができなかつたか否かの判断はさておき、まず申告期限の起算日の解釈について検討する。
相続税法における申告納税方式についてみるに、納税義務は法律の規定する課税要件事実の存在によつて当然に発生するものであるところ、申告は、納税義務が生じた状態を前提として、納税者自らが進んで自己の納税義務の具体的内容を確認したうえ、課税標準及び税額を計算し、右計算に基づく申告書を提出することによつて、その申告に係る納税義務の実現を企図するものである。そして、納税者は申告義務を負うとともに、その前提として申告のために自ら遺産を調査する義務をも負担することになる。もつとも、申告義務を負つた相続人が相続財産を具体的に確定することが困難な場合のあることも予想されるところではあるが、共同相続人間に相続財産をめぐる争いがあるなどのため遺産分割が行なわれず、相続人が現実に相続により取得した財産が確定しない場合について、相続税法五五条は当該相続人の法定相続分に応じて課税価格及び相続税額を算出して相続税を課し、後日遺産分割が行なわれて相続人の取得する財産が確定したときに、これを基礎として相続税額を改めて算出し、修正申告又は更正の請求をすべきものと規定している。これは、現実に相続により取得した財産が確定しないことを理由に相続税の納付を免がれることを防止し、もつて国家の財源を迅速確実に確保する趣旨に基づくものである。
しかして、かかる趣旨は相続税法二七条一項に係る遺産の内容につき調査したがその明細を確認できなかつた場合にも妥当し、同項による相続税の額を知ることができなければ申告義務を負わないとすると、自ら調査し申告して納税した者との間で著しい不公平が生じ、迅速確実な国家の財源の確保という国家的要請からみて、許容することができないところといわなければならない。したがつて、納税者が相続の事実自体を知る以上、相続財産の内容を自ら調査して申告をし、具体的な租税義務を確定させることが要求され、結果としてこれができなかつた場合には、正当な理由があると認められる場合を除き、行政上の制裁である無申告加算税を賦課されることもやむを得ないところである。
してみると、法定申告期限の起算点について納税者の相続財産の具体的把握状況にかからしめることは相当ではなく、自己に相続の開始がありかつ相続税法二七条一項にいう相続財産があることを知つた日を指すものと解すべきである。そうすると、本件において、「相続の開始があつたことを知つた日」とは、原告が認知の裁判の確定により被相続人の相続人としての地位が生じた日であるというべきである。何故ならば、<証拠略>によると、原告は自己が相続税を納付すべき遺産を取得すべきことを知つたうえで認知の訴を提起したことが明らかであり、認知の判決を受けてこれが確定したのが昭和五九年四月六日(この日認知の裁判が確定したことは当事者間に争いがない。)であるから、同日「相続の開始があつたことを知つた」ことになるからである。そして、原告が相続税の申告をしたのは昭和六〇年三月一五日であるから(右事実は当事者間に争いがない。)、申告期限内に原告から申告がなかつたとした被告の解釈は正当であつて、その余の点につき判断するまでもなく原告の主張は失当である。
3 早坂らの修正申告について
原告は、早坂らが昭和五九年七月一七日付をもつて原告を含めて相続人三名分の修正申告をしたことを前提として、右修正申告をもつて原告の申告とみるべきである旨主張する。
しかし、原告が右修正申告書として主張する<証拠略>(早坂ら作成の相続税の申告書)は、<証拠略>の早坂ら作成の相続税の申告書と対比すると、前者に記載された納付すべき税額よりも少ない額を納付すべき税額として記載しており、これが早坂らの修正申告書でないことは明白であり、右事実に<証拠略>を加えると、同書面は早坂らが自己の相続税に対する更正の請求の際に、その請求書の趣旨で提出した相続税の申告書に、認知により相続人の地位を取得した原告の相続財産の価額、及び相続税の額を記載して提出した書面と認めることができ、原告の主張はその前提事実を欠くものといわなければならない。
しかも、申告納税制度とは本来適正公平な課税が行なわれるために、その内容を最もよく知る納税者本人に申告を要求するとともに、納税義務の履行を国民自ら進んで行なう義務とすることによりできる限り申告を正しいものとする趣旨に基づくものであるから、納税者本人が申告すべきことは当然であつて、早坂らの前記書面の提出をもつて原告の申告とみることができないことは明らかであり、原告の主張は失当である。
4 「正当な理由」について
原告は、本件では原告が申告期限内に申告書を提出しなかつたことにつき「正当な理由」がある旨主張する。
しかし、本来、無申告加算税制度は、申告の適正を担保し申告納税制度を確保するために行政上の制裁として設けられたものであり、国税通則法六六条一項但書の「正当な理由」とは、期限内に申告書を提出できなかつたことに宥恕すべき事情があり、行政上の制裁を課すことが相当でない場合を意味するところ、本件各証拠を仔細に検討しても、本件において、原告が遺産の内容について法定期限内に申告することを要求することが不可能であつた事情は窺われず、かえつて<証拠略>によると、原告は昭和五九年六月一六日早坂らと遺産分割の協議を始め、その後の同年七月六日、同月一二日と協議を重ね、同年九月一七日には、昭和五八年八月二八日に早坂らとの間で交わされた遺産分割協議書及び同年九月七日提出の早坂らの相続税申告書の各写を遺産目録として添付のうえ、仙台家庭裁判所に遺産分割の調停を申立てたことが認められ、右事実によると、原告は法定申告期限である同年一〇月六日までに相続税の申告書を提出することが可能であつたものと認めることができる(なお、右早坂らの申告した「取得財産の価額」(四億八一五七万三五九六円)と原告が別表番号<2>のとおり申告した「取得財産の価額」(四億九七九二万七八六四円)はさほど異なるものではない。)。しかも、<証拠略>によれば、原告は、本件処分に対する異議申立において、原告が認知の判決がなされた後も、早坂らからは共同相続人として処遇されず、遺産分割の協議の折衝を受けたことがないと主張したにとどまり、被告から相続税の税務調査を受け、申告の必要があると指摘されたために申告するに至つた、と主張していたことが認められる。
してみると、原告が法定期限内に申告書を提出しなかつたことは単なる申告義務の懈怠とみるべきであつて、原告に「正当な理由」のないことは明らかであり、原告の主張は失当である。
5 信義則違反について
原告は、更に本件処分について、被告が適切に原告に行政指導をせずに無申告として加算税を賦課したことは信義則に反する旨主張する。
しかし、租税法規に適合する課税処分について、信義則の適用による違法を考え得る場合は、納税者間の公平平等という要請を犠牲にしても、なお当該課税処分に係る課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合でなければならないところ、本件に顕われた全証拠を仔細に検討しても、被告が何らかの公的見解に基づいて勧告や指導を加えたため、あるいは原告がそれを信頼したために、申告期限を徒過したものとは認め難く、到底右に述べた特別な事情が存する場合に該当するとはいえず、原告の主張は失当である。
6 以上の次第であつて、本件処分は何ら違法でないといわなければならない。
三 してみると、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮村素之 水谷正俊 小川秀樹)
別表 <略>